表記団体の副会長さんが訪ねてこられた。風体しかり、発する言葉の一つ一つが、これまさに紛れも無い紳士。氏、実は某食品会社の社長サマなのであるが、今日はこちらの方をと頂いた名刺にはNPO組織「日本で最も美しい村」連合...とあり、裏面には以下の様な文言が記されていた。

私たちは、失ったら二度と取り戻せない、そんな日本の農山村の景観や文化を守る活動をはじめました。「日本で最も美しい村」連合と言います。
小さくても輝くオンリーワンを持つ農山村が、自らの町や村に誇りを持って自立し、将来にわたって美しい地域であり続けるのをお手伝いします。
自然と人間の営みが長い年月をかけて作り上げた小さな、本当に美しい日本は、今ならまだ各地に残されています。それらを慈しみ、楽しみ、しっかりと未来に残す為に。
自らの地域を愛する皆さんにご協力いただきながら活動しています。

 10年あれば景色はできるが、景観に育つのに100年かかり、風土に育つためには1000年の歴史が必要だという。これは美しく安全な土地に安心して暮らしたいという人々の願いが言わせる基本的な欲求だ。美しさなど個人の主観だと言う人もいるけれど、プラスチック女神像から原発まで、今やどこもここもが廃棄物置き場に化している。この願いは人類の存亡をかけた切実な要求なのだ。静かに丁寧に語るポテトチップ大王の言葉に深く共感した。
DSC_1244.jpg
 
 ヨハネ教会石垣が修復工事の最中だ。昨年の地震で崩落の兆候、急遽工事が始まった。牧師さんも「万一崩れて、観光客に何かあったら大変ですから」と心配しておいでだった。
 なだらかな山裾地形のここら、道路片側は石積み擁壁が連続している。それがこの地区景観の大事な要素にもなっているが、そのお陰で平地散策と異なった彫りの深い表情をたのしめる。歩きながら見上げたり見下ろしたり出来るし、坂道や石段を昇ったり降りたりすれば思わぬ変化に遭遇できる。
 画像は石垣の下から見上げた叢の向こう側。
DSC_1117.jpg

 若葉を揺らして五月の風が通る。行き交う観光客も足を止め、心地良い元町のそよ風を味わってる様だ。大三坂街路樹の主流派はナナカマドだけど、坂の上のこの楓は孤軍奮闘、なかなかな存在感を示す。秋も深まると見事に紅葉するのだが、今頃の新緑も十分鑑賞に値する。臈長けた年増美女の若かりし時など想像させられるが、年齢と関係なく美しい人はいつも美しいということか。少し前、エゾコゲラのベッドシーンを見てしまったのがここ。こんな緑のカーテンがなかったせいでギャラリー店主に見られてしまったわけ。
DSC_1065.jpg

 落葉した裸樹ではこうはならない。わらわらと湧きだす若葉と並ぶからこそのロシア教会で、これがまた一段と魅力的なのだ。以前訪ねたロシアのナホトカで一番印象深かったのはポプラだった。だがこうして見るとやはり白樺が一番の相性よしだろう。南の猛々しい照葉樹林にないのがこの繊細さで、生まれたばかりの若葉たちはそよと吹く風に一斉に手を振り応えていた。
DSC_0835.jpg


 新緑が目映い季節だ。見上げる無彩色の函館山も一雨ごとに若葉が湧き出し、今やまるで葉緑素のビッグバン状態。ところどころに山桜のうす桃色が混じり輝きの競演で、それはそれは美しい。しかしそんな景色は全国至る所にあるのだろうな、で、レンズを近くに向けたらこれこんな画像が撮れた。
DSC_0785.jpg

 オホーツク海沿岸では数センチもの降雪があったそうだ。その影響か、このところ函館にも冷たい風が吹き店主の早朝テニスも連休だった。だが今朝は違う、快晴かつ無風、五月の陽光を浴びた花や小鳥達が笑い喜び、そぞろ歩く観光客たちの声も一段と明るい。
 画像はロシア教会から眺めた函館港風景。田辺三重松さんも好んで描いた構図で、画伯もこの時期のこの風を一番愛していたに違いない。
 連休に出かけそびれた方はぜひこちらにおいでいただきたい。今が一番美しく、立原道造に倣って言えば、サラダにして食べたくなるくらい...だ。
DSC_0745.jpg

 毎年似た画像の似た話でいささか恥ずかしいが、麗しの五月は大好きだ。三月の風と四月の雨が作る美しい五月...と、これだって何度も書いたけれど言い得て妙。そう言えば昨年はこの時期、金沢在住"函病時代"さんから立原道造の言葉を教えられた。入院中の彼が何か食べたいものをと問われ「五月の風をゼリーにしてたべたい」と返事したとか...。いかにも立原らしい言葉だと思うが彼は建築家でもあったわけで、詩人の心をもった建築家の作品もまた拝見したいもの。
 そんな風に吹かれる様に爽やかに登場したのが川越のS木さん夫妻だ。会話は「ブログみてますよ」からだった。訊けば結構な「函館病」で、この度は八雲、南茅部まわりで元町のギャラリーを訪れたと嬉しい事を仰る。そこで早速例の大福帳記帳をお願いしてみたところ二つ返事で快諾いただいた。そこに居会わせたのがN野瀬記者、ギャラリー紹介の取材中だったが、職業感が働き早速ことの成り行きを取材しておいでだった。函館元町に五月の風が吹き、店主少しは心和む日々である。
DSC_0695.jpg

 昨夜で日本の原発が全部稼働停止した。とは言えそれは定期点検のための停止であり、けっして廃炉になった訳じゃない。核燃料だって少し移動しただけの事で、危険が去った訳でも減ったわけでもない。気の遠くなる長い時間を恐怖と隣り合わせで過ごすという点では何も変わってない。ナマズの巣窟みたいな国土に、これほど多くのアンタッチャブルを作ったかと呆れ返り、取り返しのつかない事をしでかしたのを再認識するだけ。
 わずか半世紀ほど前、原子力発電は政治家が国家的政策として導入したものだ。問いたいのは、導入に関して不用心かつ奢りがなかったかという点だ。始まりは政治家個人の思いつきという小さなものだったろうが、予算が付きやがて組織が生まれ、機関や学会や会社が出来てそれぞれに多くの人間が参加する事になる。多くの人がそれに人生を委ねるわけだ。問題は、そこまで育つと既得権やら何やらが発生し後戻りが出来なくなる、よしんば誤りを認めても個人じゃどうにもならなくなってるというのが実情だろう。言われて初めて知ったのだが、原発は資本主義経済に実に深くかつ広範に根を張っているのだとか。店主が長年支払い続けた年金保険料も「安定株」の電力会社を中心に投資され、その配当が年金として支払われてるのだとか...。未来の犠牲の上に成り立つシステムなど不条理以外の何者でもない、時の政治家たちが如何に無知で不用心だったかに思いが至り暗澹とした気分になる。政治家に期待するのは「先見の明」だ、目先の利益誘導くらいなら店主にだって出来る。
DSC_0612.jpg

 これは昨日、デジカメ持って観光客気分の近隣散策してた時のこと。近所の喫茶店前の楓に見慣れない野鳥が一羽、チッチと鳴きながら小枝を渡り歩いてる。みればどこかアカゲラに似てるが、少し小型でしかも特徴の赤毛が無い。標準レンズを悔やみながらカメラを向けたが逃げようとしない、思い切って接近してもしきりに移動しつつ何かを啄んでいて、おかげで幾度かシャッターを押すことが出来た。やがて小鳥は隣の木に飛び移るのだが、するとそこに仲間が一羽いて飛び交い鳴き交わしながら、何とルナールいうところの「恋の句点」。シャッター押すの忘れて見てましたが、あらためて春を実感した次第。
 画像は少しトリミングしてあります
DSC_0596.jpg

 連休の前半が終わったけれど、ここ函館は連日の好天続きだった。陽当たりの良い場所では桜の莟がはじけそうで間もなく函館も桜花満開となる。我らの朝練テニス部も昨日から始動したが、今朝あたりはタカヤマ選手も梅津選手もみんなオフシーズンの運動不足を実感させられているはず。画像はそんな今朝の青柳市民コート風景で、左の立待岬方面から海霧が流れていた。
DSC_0592.jpg

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

最近のコメント

アイテム

  • DSC_1425.jpg
  • DSC_1244.jpg
  • DSC_1117.jpg
  • DSC_1065.jpg
  • DSC_0835.jpg
  • DSC_0785.jpg
  • DSC_0745.jpg
  • DSC_0695.jpg
  • DSC_0612.jpg
  • DSC_0596.jpg

ウェブページ

OpenID対応しています OpenIDについて
Powered by Movable Type 4.23-ja