函館にながれてる時間

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 元町に住んで18年になる。道路一本隣が伝建地区で、朝晩教会の鐘が間近に聞こえてくる。一階は小さなギャラリーで、私はそこの店主を兼ねた店員だ。そこでは函館を訪れる様々な人に出会えるのだが、最近「函館では時間がゆっくり流れてますね」と仰る方がとみに増えた気がする。時代遅れのマヌケとも聞こえるのだが、しかしその表情には羨望の色が浮かび、とりわけ首都圏から来た人など過ぎて帰らぬ良き時間を取り戻した歓びに溢れているのだ。どうやらゆっくり流れる時間が函館の大きな魅力であるらしい。

 その魅力の源だが、伝統的建造物など歴史的環境は間違いなくその一つだろう。しかしそんな都市など他にも沢山あるわけで、それだけではなさそうだ。なにかもっと違う何か、函館だから発見できる何かがあるに違いない。歴風会の偉大な先達・和泉雄三先生と東京大学建築史学の藤森照信教授、かってお二人から興味深い話をうかがった事があるが、それらを手がかりにして魅力の秘密を考えてみる。

 藤森教授は元町に集った三つのキリスト教宗派について教えてくれた。この宗教がメジャーになったのはローマ帝国の国教として採用されたからだが、やがて帝国は東西に分かれ、同時に教会も二つに分かれる。カトリックと東方正教だ。その後カトリックから英国国教会が分離して、結局この宗教は大きく三つの宗派に分かれる。それぞれはそれぞれのミッションを携えて地球を半周し、裏側にある東海の小島の北の開港都市の元町で再び出会った...と、教授は話してくれた。

 ここにはカトリック元町教会、ハリストス正教会、聖ヨハネ教会と、確かに三つの教会が隣り合っている。眺めてるとインド洋を帆船で乗り切ったザビエルや、シベリアをトナカイ橇で駆け抜けたニコライ、あるいはメイフラワー号に乗り込んだピルグリムファーザーやペリー提督たちが思い浮かぶ。全てを彼らの功績にするわけではないが、遠くローマに発して3方向に分かれ、産業革命や植民地制、戦争、資本主義、社会主義など膨大な世界史の表舞台や裏舞台を飾り、やがて十重二十重に閂のかかっていたこの国のここ元町まで辿り着いたその道筋が見えてくる。

 一方、和泉先生によると函館西部地区は「風のまち」だという。この辺り一帯が繁栄を極めた時代の運輸は海上輸送、それも風を頼りの帆船だった。人も物資もすべて風で運ばれ、その蓄積がこの地区を作り上げたのだ。やがて大門地区に駅舎が出来、鉄道が敷かれて列車が走る。連絡船も旧桟橋からこの地に移動して鉄道と直結するわけだが、船も汽車も石炭が燃料だ、そこで駅前地区は「石炭のまち」。ほどなく社会は石油エネルギー時代に移行、道路や空港が整備されて自動車や航空機が人と物資を運ぶ事になる。それに伴い都心も本町五稜郭、湯の川、赤川へと拡大する。こうしてこちらに「石油のまち」が拡がった。

 以上が和泉先生の"風のまち石炭のまち石油のまち・函館"説である。特殊な地形上を次々移動する函館の都心を、エネルギーの変遷と重ね合わせて論証したものだ。函館空港に降り立ち、湯の川電停からどっく行きの電車に乗るとわかるが、石油のまちから石炭のまち経由、風のまち行きの電車は現代から近代史を遡る世界史の道筋という事になる。

 ここで付け加えたい事がある。石油のまちの更に16キロ向こう側、青森県大間にプルサーマル原発が計画されている。すると「プルトニウムのまち」誕生もありうるわけで、「風力に始まりプルサーマルに到る人類史」がここで順序よく並ぶ事になる。

 歴史にifは無い。しかし振り返り反省し、所謂オルタナテイブを模索する事は出来る。近代ヨーロッパで端緒を開き、速度や効率や合理性を求め、市場原理主義と一体化した科学技術優先社会が今や破綻してるらしく、闇雲に成長を目ざした結果、人類史そのものの終幕が見え隠れしてるそうだ。今や人々は不安で一杯なのだ。

 とりわけ大都市住民は忙しそうだ。まるで日々両目に望遠鏡や顕微鏡を付けたまま全力疾走してる様に見える。そんな彼ら彼女らが函館でゆっくり流れる時間と出会うのだ。立ち止まり、その望遠鏡や顕微鏡を外し、教会の鐘など聞きながら悠久なる過去と未来に思いを至らすのである。人々はゆっくり流れてる函館の時間を体感し、そこでは新しい時代、持続可能な社会が少しずつ動き始めたのを予感するのだ。速ければよかった時代はもう終わった。ゆっくり流れるおだやかな時間こそ函館の大きな魅力なのは間違いない。


 以上は「函館の歴史的風土を守る会の30周年記念誌」に店主が寄稿した「函館の魅力」を一部加筆訂正したものです。


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このページは、村岡武司が2008年10月14日 12:27に書いたブログ記事です。

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