市民vs企業vs行政

IMG_5259.jpg 豊かな未来を創造するための市民活動が一歩前進した。行政によって解体されそうな弥生小学校校舎だが、その保存を願い求める動きが具体的に動き始めた。PTAでもあるT目さんI田さんらの呼びかけで、優しさの気配ただよう幼稚園講堂に50人の市民が集い、校舎保存の願いや手法を真剣に語り合ったのである。 
 行政の言い分は、PTAや同窓会の要望もあって解体して新築...だった。しかし校舎はPTAや同窓会の所有ではない、市有であり市民共有の財産だ。もちろん耐震調査結果や教育環境の整備という理由もあったのだが、行政の大きな論拠のひとつががこの「当事者の要望」で、その根拠が揺らぎ始めた事でもある。
 しかし、問題はこれら観形成指定建築物がなぜいつも易々と解体されるかにある。いつもこの手法だ。解体して更地にして新築する。北島三郎記念館や旧西警など、同じ外観で再現すれば良しとする手法がまかり通ってきた。それは単なる姿形の模倣であり、いわばコピーでありクローン建築物ではないか。こうして手枷足枷するくらいなら、いっそ建築作家の自由な表現に任せた方が良い。本来、優れた素材や建築技術、町並みとの調和やそこに住み暮らした人々の記憶を大切にするからこその指定であり、そのためには建物をいかに残すかが最初に語られるべきだ。だが、あらゆる手段を検討し万策尽きての上でならまだしも、ほとんど最初に解体ありきだ。解体し、その後にはいつもこうしたクローン建築物が現れる。
 ここで言いたいのは経済活動の貪欲さやエネルギッシュさに関してだ。こうしたコピー建築、クローン建築が蔓延るのは決して理念や美学的選択ではなく、建築基準法上のそれも建坪率のアドバンテージを受け継ぐための便法なのだろう。新築と修復なら建坪率に40パーセントの違いが発生するわけで、町並み景観が理念を元に語られてるけれど、実際そこで

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このページは、村岡武司が2009年7月10日 11:58に書いたブログ記事です。

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