2010年1月アーカイブ

 店主幻想地獄を心配してくれた知人の新聞記者が、若い音楽家を連れて立ち寄ってくれた。岡大介クンというのだが、手書き手摺りチラシによると「ギターとカンカラ三線で明治大正演歌、昭和歌謡も歌えるフォークシンガー!東京都内を中心にライブハウス、居酒屋料理店をはじめイベント出演や施設慰問など、お酒を飲める場所飲めない場所にかかわらず活動中!!」だという。音楽にやたら情熱を燃やす新聞記者が身元引受人として招いたらしいのだが、店主を眼地獄から救いだし、耳天国へとしばし誘ってくれる。空き缶を利用した手製楽器を弾きながら添田啞蝉坊を唄うのだが、息苦しい時代を風刺と笑いで突き破るこうした若者の登場が、IMG_7063.jpg店主にとても勇気を与えてくれた次第。

IMG_7042.jpg 雪と幻想の世界に閉じこめられて一週間になる。全国から集まった1000編に及ぶ雪と幻想、店主はその想像力や創作力に関わらせてもらっているのだ。そのせいか、いまや店主脳内は絶え間のない猛吹雪状態で、ユキオンナやユキダルマ、タヌチャンやウササンたちの棲み家と化してしまった。
 読み終えたのはまだ全体の二割くらいでまだまだ先は遠い。心配なのは、突然入ってこられるお客様にも「ごゆっくりどうぞ、雪が解けるまでゆっくりと...」などと言いそうになること。
 
 

 ことし一番の雪嵐が襲来した。横着者の店主だが、今日は朝から三度も雪かきに精出した。雪質は細かな乾燥粉雪で、それが吹き溜まりとなって場所によっては膝くらいにまで積もる。ギャラリーのヒーターをフル回転させてもさっぱり暖かくならず、ガラス壁面に吹き寄せた雪が張り付き、溶けて、流れて、そこにまた雪が張り付くといった案配だ。店主は外界から遮断され隔絶されてしまった気がしたもんだ。
 有りがたいことにそんな時でもお客さまはおいでになる。東京からという年配女性で、ハイヤーを雇ってとはいえ、雪まみれになって入ってこられた。「良いところだ、良いところに連れてきてもらった...」と、しきりに感動の言葉をならべてくださる。不景気風の直撃も受けてる店主のハートにもポッと小さな火が点ったものだ。
 ほどなく、次なる来訪者が訪れる。クロネコさんだが、まるで白猫状態で大きな荷物を運び込む。青森からの「ゆきのまち幻想文学」応募作品だった。やっぱりだ。
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いよいよ来たぞ...

 もうひとつ作品展のご案内。こちらはこれから(21日から27日)、場所も札幌中島公園にある北海道文学館で開催されるチカップ美恵子さんの"カムイの言霊ー物語が織り成すアイヌ文様刺繍"展だ。その会場だが、今や巨大都市札幌、その紛れもない都心に、静寂な降り積もったままの雪と木立に囲まれた環境があり、その中の小道を辿ってゆっくり近づく事になるらしい。集団ヒステリー状況の現代から、アイヌの人々が生きた豊かで平和だった悠久の神話時代に立ち戻る道で、今がどんな時代なのか思い知らされる、そんな優れた作品展にちがいない。
 JR函館駅2階に、その名も「イカすホール」という展示スペースがある。そこで現在タウン誌「街」2010新春企画"華やかなりし頃 大門 「街」を彩った女性達展"が開催中だ。Tムラクンも深く関わったと言うこともあり、水曜定休の本日さっそく足を運んでみた。
 店主が函館に居住し始めたのは昭和42年だ。大門がまさに華々しく活況を呈したころで、その一角の叔父宅に居候を決め込んだ次第。右隣が民謡酒場津軽娘で、高砂通りを挟んで真向かいにキャバレー・ニューフロリダがあった。他にもハーバーライトや未完成など、函館はキャバレー黄金時代だった。酒と香水、楽団、嬌声...。祇園通りや一番通り、その道幅いっぱいに行き交う人々がいて、その中に22才の店主がいて、目を瞑ればその時代の様々な人たちとの会話が蘇り雑踏の中の暖かい空気感が鮮明に思い出される。
 展示会だが、キャバレーやクラブ、喫茶店や百貨店などで店主と同じ時代の空気を吸ってた女性達、そうした華やかなりし大門のヒロインたちが、当時のまま、街の記憶として、映画スターブロマイドのごとく展示されていた。誰ぞ知った顔など発見できるかと老眼熟視したのだが、しかしそのどれもが「街」の記憶であった。みな若くて魅力的だった彼女たちだが、その後の人世などを勝手に想像するしかなかった。
 
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今月24日まで開催。

 酒飲んでソバ食べて鐘ついたら一つ年老いた。いつもと同じに過ごしてるはずなのに人世の持ち分がまた一つ減ったらしい。そしてその速度は年々とても速くなってる気がする。余所のマチからくる観光客は「函館では時間がゆっくり流れてますネ」などと仰るのにだ。
 そんなわけで、函館の佐藤国男さんや丹保健司さんが制作した時計と、西村佳哲・たりほ夫妻の砂時計などを集めて「時間展」を開催中だ。昨年同時期にも開催したのだが、正月くらいは時間について想いをめぐらし、自分の時間を取り戻そうと企画したもの。時間にも量的なものと質的なものの両面があるのわけだが、その質的な豊かさにじっくり想いをめぐらして自分の時間を取り戻したい、自分の時間は自分でコントロールしたいものである。今月一杯じっくりやっています。
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 除夜の鐘をつきながらある場面を思いだした。年末にみた映画「2012」の鐘つきシーンである。8000メートル級のヒマラヤ山脈を乗り越えて押し寄せる津波、これが実にリアルで迫力満点だったが、こうした世界の終焉を前にチベット仏教の高僧が泰然自若と鐘を打ち鳴らすのである。奢り高ぶった人類を代表して許しを乞うている...とも見えたし、貪欲な人類が滅びて地球は平安を取り戻すだろう...という歓喜の鐘のようにも見えた。映画を見終わったあとも、暫く心に焼き付いたシーンだ。
 ついでながらもう一人、イエローストーン公園を根城に、個人営業とおぼしきラジオ局ヒッピー風パーソナリテイーが登場する。彼はこの世の終局をいち早くかぎつけるのだが、その第一報を世界に発信出来る幸運に酔いしれる。人類滅亡間近という情報を、知ったとてどうにもならない虚しいニュースを「私の仕事だったのを覚えておけ」と電波で送りながら、彼もまた歓喜の表情で降りしきる火山弾の中に消えて行く。
 映画ではダビンチやミケランジェロの傑作なども登場する。こうした人類が創り上げたすべてのものは消滅するのだが、しかし、高僧やラジオマンが想念や電波に載せて送り出したメッセージだけは暗黒の宇宙を孤独に漂い続けるのだろう。大地が揺れ、巨大都市が地割れに飲み込まれ、崩れ落ちる高層ビルをかわして脱出する飛行機...という特殊撮影技術は見事なモノで、店主もたしかにワクワクさせられた。だが、この二人の存在が無かったとしたらこの映画は娯楽のためのただの娯楽映画だったろうな。
...などとタイトルつけたけれど、今日は7日でどんど焼きの日、「おめでとう」と言えばなんでも許されたのは今日までの話だ。店主ブログも永の冬休み、それで信州函館人サンから心配メールを頂戴してしまったけれど、もちろん体調不良などでなく、ただ単に休み癖がついただけ、留守宅にお立ち寄りいただいた方々には伏してお詫びを申し上げます。
 というわけで画像は東本願寺函館別院の除夜の鐘風景を
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。吹雪のなか、昨年もだが今年もまた後悔やら希望やら煩悩やらを繰り広げますので宜しく頼む...と言うようなことを祈ってきました。
 

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