除夜の鐘をつきながらある場面を思いだした。年末にみた映画「2012」の鐘つきシーンである。8000メートル級のヒマラヤ山脈を乗り越えて押し寄せる津波、これが実にリアルで迫力満点だったが、こうした世界の終焉を前にチベット仏教の高僧が泰然自若と鐘を打ち鳴らすのである。奢り高ぶった人類を代表して許しを乞うている...とも見えたし、貪欲な人類が滅びて地球は平安を取り戻すだろう...という歓喜の鐘のようにも見えた。映画を見終わったあとも、暫く心に焼き付いたシーンだ。
ついでながらもう一人、イエローストーン公園を根城に、個人営業とおぼしきラジオ局ヒッピー風パーソナリテイーが登場する。彼はこの世の終局をいち早くかぎつけるのだが、その第一報を世界に発信出来る幸運に酔いしれる。人類滅亡間近という情報を、知ったとてどうにもならない虚しいニュースを「私の仕事だったのを覚えておけ」と電波で送りながら、彼もまた歓喜の表情で降りしきる火山弾の中に消えて行く。
映画ではダビンチやミケランジェロの傑作なども登場する。こうした人類が創り上げたすべてのものは消滅するのだが、しかし、高僧やラジオマンが想念や電波に載せて送り出したメッセージだけは暗黒の宇宙を孤独に漂い続けるのだろう。大地が揺れ、巨大都市が地割れに飲み込まれ、崩れ落ちる高層ビルをかわして脱出する飛行機...という特殊撮影技術は見事なモノで、店主もたしかにワクワクさせられた。だが、この二人の存在が無かったとしたらこの映画は娯楽のためのただの娯楽映画だったろうな。

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