2011年4月アーカイブ

 百年や二百年経過した古い木造民家、その柱や梁を机や椅子に再生させ、漆を塗って仕上げたものが「江差塗り」だ。長い歴史伝統があるわけじゃないが、江差の市民たちが郷土の再生に賭けた熱い思いの産物なのである。かって江差は日本の大動脈「北前船航路」の最北のターミナルで「江差の五月は江戸にもない」と謳われた由緒正しい都市。再生という心地よい響きを醸しつつ栄耀栄華が現代に蘇るわけで、この時期のギャラリーはいつも彼らの作品を展示販売する事にしている。
「江差塗り工房展2011」
会期五月末まで
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 見なければ良いのについ見入っては愕然となるのが原発事故情報だ。中でもノルウエイ気象台の放射能拡散シミュレーションhttp://atmc.jp/norway/はグラフィック処理が見事で、感心しながらも恐怖がジワリ押し寄せる。日本国の当事者がどんな気休めを言おうがこれでは隠し様がない。かって水も空気も土も無垢だった我らの大地、それが刻一刻強力に汚染されてゆく。母なるガイアが、気の遠くなるほど長年かけて育てた生命たちは一体どうなるの...。
 そんなわけで、昨日定休日に久しぶりに郊外に出向いてみた。あるいは見納めになるかもという気分で眺めたせいか、森の妖精達はひと際健気に輝いていた。
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 そろそろ我らの早朝テニス部が始まる。今年のオフは全くのトレーニング不足だったが、久しぶりにラケット握ったり早起き準備に取りかかり始めた。そんなわけで、今朝は店主の好きな名場面の朝日版をお届けする事ができる。...と書いてる今、カトリックの鐘が鳴り始めた。希望や勇気の様なものが少し湧き出て来る...
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 北海道新聞、今朝の第一面トップ見出しが「函館市長に工藤氏」だった。新人が二期目の現職を破ったわけで、ニュースバリューはそれなりにあったのだろう。見れば最上段黒地白抜き文字に、花束両手にした大きなカラー写真入りだから結構目立つ。前回も現市長と副市長の一騎打ちだったのだが、今回も同じ構図、両者の嬉しさや無念さなど想像できるが、市民の選択は「未知数」に賭けたとということだろう。4年先の選挙もそうならない事を願わずにいられない。
 画像は選挙のあった昨夜のもので、不穏な雲の下に妙に明るい街の灯が写っていた。
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 彫刻家たちが描いたデッサン集を見た事がある。彫刻の方向性は様々とはいえ、デッサンに共通しているのはその的確さ素晴らしさだ。思うに、彫刻家たちは平面に画を描くときも常に対象物を立体的に観察してるのだろう。見えない部分にも深い観察眼を差し向けるのだ。だから彼らのデッサンには見えないはずの裏や陰までが透けて見え、その迫力が感動を呼ぶのだ。
 言いたくないが、原子力ムラの住人たちは危険な核を自分たちの「生活手段」として見てるのではないか。あちこちで言い続けてる「クリーンで安全・原子力」だって、広報宣伝我もさることながら我が身に対する暗示なのだろう。真実追求を本分とする学者研究者まで暗示にかかってるのだから本当に情けない。
 で、ここでは石戸谷さんを紹介する積もりだったが些か脱線してしまった。言いたかったのは彼が優れたステンドグラス作家だが、彫刻家が優れたデッサンを遺した様に、異分野でも実に優れた表現者だということである。言い換えれば人間としてとても真っ当であり真っ当であるこそ優れた表現者なりえたのだと思う。..
 石戸谷さんのホームページhttp://www.st-glass.jp/blog/を訪ねていただきたい。この度の作品展「星屑倶楽部No16~」に関する作者の思いや、この度の原発事故に関する「人類としての怒り」が語られていて素直に伝わる。経済人や官僚や学者など専門分化した「生活手段家」たちより、優れたステンド作家が遥かに時代の全体を感じ取ってるのが解る。

石戸谷準 ステンドグラス展「星屑倶楽部 No16〜」
会期4月24日から5月5日

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 函館ではこんな月が上がった。午後6時をまわった津軽海峡、中止になった春のバル街の申し訳でカフェペルラでそれに代わる飲んで食べて音を楽しむ会が開かれ、店主も早めに閉店してその道すがら見たのがこの月だ。福島の人も岩手の人も見上げたに違いないが、いったいどんな思いで眺めたのだろう。
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 昨日産官学の懺悔はまだだと書いたけれど、学の分野だけとはいえ原子力のオーソリテイたちが挙って懺悔していたらしい。以下にその一部をコピペしておくけれど、でもな、事は謝って済むような話じゃない。

   東京電力の福島第1原子力発電所の深刻な事故を受け、政府の原子力安全委員会の歴代委員長を含む原発推進派学者の重鎮たちが原発の「安全神話」崩壊に懺悔を繰り返している。特に元原子力安全委員長の松浦祥次郎氏や前原子力委員会委員長代理の田中俊一氏ら原発推進の学者16人がこのほど、異例の緊急提言を行った。
「原子力の平和利用を先頭だって進めてきた者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝する」との謝罪を前面に掲げた提言の内容は政府や東電の発表よりも今回の事故を深刻に受け止めており、緊迫感が伝わってくる。

大量の放射能を閉じ込めるのは極めて困難、と認める

「私たちは事故の推移を固唾を飲んで見守ってきた。しかし、事態は次々と悪化し、事故を終息させる見通しが得られていない」「膨大な放射性物質は圧力容器や格納容器内に拡散・分布し、その一部は環境に放出され、現在も放出され続けている」 「特に懸念されることは溶融炉心が圧力容器を溶かし、格納容器に移り、大量の水素ガスの火災・爆発による格納容器の破壊などによる広範で深刻な放射能汚染の可能性を排除できないことである」
   提言は、水素爆発などで格納容器が破壊され、放射性物質が長期にわたり国土を汚染する可能性を指摘している。日本を代表する学者たちが、チェルノブイリ原発事故級の最悪の事態を想定していることがわかる。

   16人は東京大学名誉教授、京都大学名誉教授、東京工業大学名誉教授など錚々たるメンバーで、原子力安全委員会や原子力委員会の歴代委員長や委員を務めるなどした日本を代表する原子力の専門家たちだけに、発言には重みがある。

   特に気になるのは、「当面なすべきことは原子炉及び使用済み核燃料プール内の燃料の冷却を安定させ、大量の放射能を閉じ込めること。これを達成することは極めて困難であるが、これを達成できなければ事故の終息は覚束ない」と述べた点で、有効な解決策を見いだすのが難しいことを自ら認めているとも受け取れる発言だ。

   2011年4月1日、会見した田中俊一氏は「原子力の平和利用を進めて、まさかこういう事態、これほど国民に迷惑をかけるような事態は予測していなかった。結果的にこういうことになっていることについて、原子力を進めてきた人間として、国民に謝らなくてはならないという気持ちは、みんな持っていると思う」と心境を明かした。

   田中氏は提言をまとめた理由について「(我々は)余計なことを言わなくてもいい年齢だけれども、黙っていられないと。とにかく早くこの状況を抜け出して頂きたいという思いでまとめた」と述べた。学会で地位も名誉もある学者たちが、自分たちのこれまでの仕事を全否定するような今回の提言や会見が、事故の深刻さを物語っている。

以上だ。投稿者はasyuraの「赤かぶ」さんだ。諄いようだが今頃謝られてもなあというのが店主の正直な気持ちだ。

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 函館元町の午後8時半、久しぶりに教会たちがライトアップされていた。地球の大環境破壊の原因を作った産学官の罪深き連中が深く懺悔したという話など聞いていないが、三つの教会が本日から夜目にも美しく存在をあらわにしている。回覧板を届けてくれた牧師婦人に確認したところ、あれは教会の自主的なライトオフではなく、市役所の意図だったそう。
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 福島...と聞いただけでドキリとさせられるが、こちらは北海道の福島町だ。函館からクルマでおよそ2時間、千代の富士と千代の山という横綱を輩出したけれど、今や八百長騒ぎで落ち目の大相撲に取って代わろうかというほど人気の「女相撲」で有名なマチである。
...と無駄話になったが、つまりこの度の小笠原さんはその福島町の出身なのだ。相撲取りばかりではなく工芸家にも優れた才能が生まれたという次第。思わず笑い転げてしまうブタやゴリラのシリーズは語りぐさだが、この度は作家の干支でもあるウサギが主力。で、タイトルも「卯フフッ!展」。こんな時代の勇気と元気は笑いからです。
期間4月16日から23日
10:00open/19:00close
水曜定休
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「この歳になればこの世に何が起こっても驚かない」と無責任に言い散らかしてた店主だが、さすがフクシマ原発事故には発すべき言葉もなかった。昨日が明日に続くわけではないのを思い知らされ、もう何を語っても無駄という虚無感に苛まされ、それは今に至る。ホモサピエンスが隠し持っていた決定的な弱点がとうとう、それもよりによって大地震によってあぶり出されたわけで、予感してた気もするのだがしかしこうして現実となると実に困る。この歳になって人生観が変わるというのもまた非常に困るのである。
 画像は定点観測地からの眺めだが、見慣れたはずの景色がとても...
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DSC_1857.jpgDSC_1855.jpg ギャラリーの定番なのだが、井川さんのミニチュア建造物に新作が加わった。弥生小学校やヨハネ教会、あるいは旧西警察など旧丸井百貨店、ホテルニュー函館、メソジスト教会たちだ。おまけに旧型の青函連絡船や公会堂もだ。
 作者の井川さんは小学生からプラモつくりに熱中してたそうで、北海道にお住まいの方は今夕6時後半のNHKニュースにチャンネルを合わせていただくとその作者井川さんが登場する...はず。
「井川隆義作品展」
4月12日まで
10時から19時

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 函館本日の午後6時はこんな具合、まだ黄昏時だ。太陽もサービス残業中というべきか。去年の今も、そして10年前や100年前もこんな具合だっただろうわけで、我々の一日は常に太陽とともにあった。基準になるのはいつも太陽だった。日の出とともに目覚めたし、日没とともに塒に潜り込んだもんだ。深夜まで遊び歩く習慣が出来、なにやらありがたい余暇を手に入れた気分になったのは店主がトーキョーで学生生活を覚えた頃からだ。
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 店主ブログ長いお休みをした。そのせいで幾人かの方から店主安否のお問い合わせいただいた。皆様にはまた風邪をこじらせたのではと心配いただいたが、しかしそうではなかった。膝も肝臓も脳ミソも一応健在ではあった。
 問題はフクシマだった。原発事故という絶対にあってはならない事がおきてしまった。「それみた事か!」と何度も口にしたけれど、そんな言葉を何万回吐き出したとて事態は好転するわけがない、神の失敗作としてのホモサピエンスを自覚させられるだけだった。長い間かかる事態のやってこない事をひたすら祈っていたが、その日の来ないのを祈りながらも、しかしきっと起こるであろうその日を待っていた気がする。それがとうとう来てしまったという現実にうちひしがれていた次第。
 冬期通行止めの立待岬が開通していた。久しぶりのベンチだったが風が冷たく吹いていた。画像遥か向こう側にプルサーマルの大間原発が計画されてるが、これからは誰もが風の向きにビクビク怯えながら生きる事になる訳だ。
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