2011年6月アーカイブ

 本日早朝テニス接戦途中に結構な霧雨があって、しかしその後日中は晴れだった。しかし日が暮れるころから深い霧が立ちこめ、今午後8時にはこれこんな具合だ。こんな夜には生のスコッチにkenny G and Gladys Knightのこんな曲♫http://www.youtube.com/watch?v=HAOVAmC4bOk&feature=fvsr♫などいかがでしょうか。
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 フクシマ発のカタストロフィー、少しずつでも終息に向かって欲しいが、しかし困ったことに危機は益々深まるばかりだ。事故のグレードもいつの間にか最高限度の7度、それもメルトダウンからメルトスルーになり、今や最悪のチャイナシンドローム...というか、アルゼンチンシンドローム状態ではないか。さすがヘリコプターバケツみたいな間抜けなワザは出てこなくなったが、莫大な予算をつぎ込み期待を抱かせた特製冷却水循環システムがどうにも機能しない。聞けばこれらだって欧米の処理業者から莫大な代金を請求されるという。何だか火事場泥棒にあったみたいでため息が出る。こうした費用も電気代や税金として負担させられるだろうわけで、放射能まみれにされたうえ、こうしたむっちゃクチャな後始末まで押し付けられる温和な我ら国民はたまったものじゃない。その最大の責任当事者である経済産業大臣が先日「安全対策は適切に実施されてるので原発の再起動をぜひお願いしたい」とか発言したという。過去も未来もありゃしない、「原発は必要だから安全だ」と宣ってるらしいのだが、そんなアホな論理で国政がなされるならもうこの国は狂ってるとしか言いようがない。
 かって、この国の六月の雨は慈雨だった。田の稲を育て、牧草地で牛馬を、渓流でヤマメたちを太らせてきたのだ。ストロンチウムやプルトニウムが混じるなんて思いもしなかった。

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 これまた昨日の話だ。定休日でもあり、久しぶりに国道5号線を北上して黒松内町まで出かけてきた。札幌の友人が彼の地にチーズ工房を開設してそろそろ本格的に稼働し始めた様子、それを見学するというのが目的だった。
 気温は高く曇り空だった。ロードサイドに現れる懐かしい景色や初めて見る物件を眺めては時の流れを思い知らされる。森町から長万部町までは噴火湾沿い海辺の平行移動で、長万部からは内陸部のなだらかなアップダウンを走行することになる。車窓から眺められる周辺は豊かな緑で、原始林や樹林や牧草地景観が続き、行き交う車の少なさと併せて「これこそ北海道」を実感する。函館を出発したのが遅かったせいか、あちこち道草食ったせいか黒松内についたのは午後も遅かった。道の駅の店員さんが丁寧に教えてくれたけれど目的の「チーズ工房」は以外に遠い。おまけに辿り着けてもどうやら外観を眺めるだけで終わりそうだ。で、想定外だったがそこで浮上したのが"ぶなの森黒松内温泉"だった。
 さして広くもない黒松内市街地だが目的の温泉に少し迷って辿り着いた。見れば、緑の中の外観デザインがなかなかよろしい。亀さんのいた中庭やトレーニングマシンルームなど建物レイアウトや、古代桧の湯船やもちろん泉質、そして働く人たちの応対などどれも水準を超えていた。道の駅もそうだが、ここではこの地に立ちこめてる自然とそこに住む人とのよき関係が素直に伝わってくる。人々はぶなの森という自然特質を誇ってるわけで、友人が工房をこの地に設けたのは正解だったと実感した。
 友人のチーズ工房にはそんなわけでまだ立ち寄ることが出来ないでいる。"アンジュ ド フロマージュ"というのだが、きっとそこもぶなの森と優しい人間とが創り上げた理想的な工房であるはず。優しさと高い志にあふれたチーズを皆様にお勧めする。
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 これは昨日の立待岬。キリム・浦田サンをテニスに誘ったのだが時間が少し早すぎ、そこでついでの岬まわりとなった次第。断崖を縁取る緑が一段と鮮やかで凪いだ海面とともに夏の表情に変わっていたが、何よりそれを実感させるのは咲き乱れる濃桃色したハマナスの花たちだった。海を背景にして存在感を増す花と言えばハマナスに勝るものは他にない。
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 間もなく8時になるというのに、しかしまだ明るくて空などこんな具合だ。寝るにはまだ早く、こんな時にはスコッチを生でチクリと...
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 美しき六月の風や光...などと書いたが、実はその後ずっと曇天冷涼の日々だった。でも本日は掛け値なしの麗しの六月。緑陰テニスコートでは鶯が鳴いてたし、ベンチ背後の木陰にスズメバチが巣作りしてるのを発見した。生きもの達は次世代を残すための準備万端滞りなしなのだ。
 あふれる様な陽光一杯の戸外に比べ、ギャラリー内はひんやり陰になる。そこで店主は静岡の深蒸し茶など飲みながら、キリム・浦田氏にイスラムの国々の話を聞かせてもらう。アラブの遊牧民たちも今や携帯電話が必須だとかいう話で、駱駝の背に揺られながらドイツや日本のバイヤーたちと原発の話してるらしいのだ。
 画像は石戸谷準さんのステンドグラス"サンキャッチャー"だ。背景はヨハネ教会境内になるが「季節や時間に応じて変化する」そんな外の景色も併せて楽しめるのが優れたステンドグラスですと、石戸谷さんは仰る。自然のなかにあって邪魔にならないものこそ創るに値するものだろう。

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 静岡に住む浦田さんは自称"旅する敷物屋"だ。中東で買い付けてきたキリムと呼ばれる敷物を、全国各地をまわって販売するのが仕事。ここにも毎年一度たくさんの敷物と一緒にやってきて、多かったり少なかったりする売り上げとともに去って行く礼儀正しい青年だ。
 彼の場合はパキスタンが多いというが、キリムはアラブの遊牧民の伝統工芸品。毛足の長い絨毯と異なり平織りが特徴である。移動を繰り返す生活の中で完成した美しく堅牢な生活用品で、手入れも簡単、日光にさらして長い棒でパンパン叩けばオーケー。高価豪華な絨毯も長い毛足の中にダニなど巣くってたりするわけで、清潔さでもこちらがグッド。
 徹底したイスラムの一神教はキリムのデザインにもよく現れていて、殆どが幾何学模様である。人間などもってのほかで、動物、植物など生きものを具体的に表現したものは皆無だ。それはすべてアラーの神の仕事というわけである。
『遊牧民の手織り工芸・キリム』展
6月15日から21日まで
浦田さんは期間中毎日おります
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 昨夜来の雨で今朝のテニスは休み。疲れがピークなのでホッとしてもいるけど残念でもある。窓の外を眺めれば雨はやんで霧が立ちこめ、それもけっこうな濃霧だ。気象学的にはどれも大気に含まれる水蒸気のなせるワザなんだろうが、雨や雪とはまたひと味違う道具立て、コートの襟を立て"今夜もありがとう"なんてキザな台詞も許されそうな趣が霧にはある。
 で、店主の早朝ウオッチング今朝は入船漁港と相成った。六月一日が解禁日のイカ漁だが、今年の出足は大変な不漁で始まったそうで、並んで停泊中のイカ漁船達も濃霧のなか遠慮深げに身を隠していた。
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 午後6時の元町である。朝もだがこうした黄昏頃の光もたいへん魅力的だ。豊かな時間がながれていて、過ぎ去りし人生の様々な場面が思い起こされる。で、「六月の光」はフォークナーだったかと調べてみたのだがそれは「八月の光」、はるか半世紀も昔読んだ名作であるが、店主記憶もことほど斯様に朧なる世界。それにしてもフォークナーが描いた架空の街ヨクナパトーファ群ジェファソン、「切手の様に小さな町だが一生かけても書き尽くせないものがそこにある...、そこで私は神の様に自由なのだ」そうだ。なるほどと店主は頷く。
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 ギャラリー前ではスズランが真っ盛りだ。桐も固い莟から薄紫の花弁が姿を現し、向いの金子さん宅の藤の花も負けてはいない。道路沿いの豪華な牡丹や地味な大三坂のナナカマドも花開き、ロシア教会牧師館のあれはスモモだろうか...とにかく♪六月は一斉に花開く♫のであります。
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 鳥啼き花咲く元町の六月は空の色も美しい。朧なる春から日差しの強まる夏に移行する少し前で、梅雨空の本州には悪いが一年で最も美しいのがこの月かもしれない。世の詩人たちもわき上がる生命エネルギーを押さえきれず、喜びの情を素直に表現してきたが、工芸家たちだって創作意欲は全開だ。諄いようだが、貪欲マネーに塗れた科学技術で神の領域を掠めとるがごとき巨大技術ではなく、創造するなら万人を幸福にするこうした技であって欲しいとつくずく思う。
 そんな麗しの六月、いつもの様に藍染め作品展が始まった。安藤さん母子による"藍工房かや野"の作品展だ。函館郊外にある茅葺き工房で染めた布や糸で、紡いだり仕立てたりしたワンピース、バッグ、帽子などなど、植物の力を借りヒトの手で表現された作品たちは見る人をとても幸せにする。

藍工房かや野「空の色展2011」
part1 6月2日から14日まで
part2 6月23日から7月12日まで
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