2011年7月アーカイブ

 我が家の明かりが石油ランプから電灯へ移行した瞬間を記憶している。思えば長生きしたものだが、店主年齢もまだヒト桁くらいの頃だった。十勝の寒村(当時はどこもそんなもの)の、街はずれに親子6人で暮らしていた。父親が電力会社と交渉し、道路沿いに電柱を数本立てて、電線が張られ、やがて発電所の生産品が流れてくる事になったのである。
 陽が沈み十勝平野がまんべんなく夕闇に満たされると家々には灯りがともる。石油ランプのホヤを持ち上げ、マッチを擦って着火するわけだが、石油が燃える匂いとともに部屋には小さな太陽が輝く。時折煤で汚れたホヤ内部を丸めた新聞紙で清掃する必要があるが、それは小さな手の子供達の役割だった。とにかく、ランプの光は食卓を照らしたし、漫画本見るのにだって不自由はなかった。
 その瞬間、ランプの灯りは電気の灯りに駆逐された。まるで一瞬にして権力の座を追われたルーマニアのチャウシェスクみたいだ。天井から下がった電線の先の小さな電球が発光し、部屋中を隅から角まで照らしだした。食卓はもちろん、ほっぽり出された漫画本や片隅に脱ぎ捨てられた上着などなど、見たいもの見たくないもの全て平等に分け隔てなく煌々たる灯りにさらされ、一方で石油ランプは輝きを失い、力なく暗く揺れていたものだった。やがてデンキコンロやデンキポット、ハイファイステレオから洗濯機や冷蔵庫、テレビ、パソコン、デジタルカメラと怒濤のごとく家電文化生活が押し寄せる事になる。
 店主たしかにその恩恵に浴したし便利さを実感もしている。しかしこうした利便性を人質にして原発存続を迫るなら迷わずランプ生活を選択したい。それより何より、汚染された環境が元に戻るのに100万年もかかるのが原発事故で、それに勝るどんなメリットがあるのかを問いたいものだ。
 明るさ便利さなんて相対的なものである。そして、多少の不便など「未来を失う」より遥かに我慢できる範疇じゃないか。長く生きたせいで遠い昔が自信をあたえてくれた気がした。
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 ギリヤーク・尼崎...言わずと知れた日本の優れた大道芸人だ。気迫に満ちた彼の舞踊を画家林武はかって「鬼の踊り」とたたえてるが、毎年全国各地の路上、時にはニューヨークのグラウンドゼロなどでも公演する高名なストリートパフォーマー、店主、そのギリヤークさんとは30年来の付き合いになる。それというのも函館出身ギリヤークさんの故郷公演をお手伝いしたのがきっかけなのだが、その後彼は毎年夏故郷公演を続けてるわけで、ギリヤークさんと店主はまるで七夕の様に年に一度の再会を楽しんでる事になる。
 画像は昨夜、昼間の公演を終えやまじょうで寛ぎながら近況をとても丁寧に語り聞かせてくれるギリヤークさん。

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 昨日の大雨のせいで今朝のテニスはなし。ザンネンでもありホッとしてもいた。で、谷地頭リゾート経由の立待岬詣でとなる。実は連日の連戦で店主筋肉は疲労の極みなのだ。昨日はいつもお立寄りくださるN良クンに肩もみ足もみしていただいたし、これに湯治が加わるわけで体調万全、ナダルでもジョコビッチでもかかって来い...といった気分になった。
 岬に向かう坂の途中に墓地がある。石川啄木一族の墓がたいへん有名なのだが、もちろん石川家のものばかりではなく函館の過去を生きた実に多くの人々の墓がある。そして時節柄、どの墓にも花が供えられ、たくさんの過去と現在が交流されている気配に満ちていた。
 ついでといっては失礼だが、店主も車を停め啄木一家に手を合わせてきた。薄幸とか夭逝とかどちらかというと貧乏な形容に彩られてる啄木、墓は意外に立派だ。墓碑というか歌碑というのか「東海の小島の磯の白砂に われ泣き濡れてカニとたわむる」とあった。
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 ロスアラモス研究所だが、言わずと知れた原爆生誕の地だ。ニューメキシコの広大な森林地帯にひっそりと、しかし大変厳重な警戒の下に活動してたという。オッペンハイマー博士たち原子物理学の世界的権威たちが、未曾有の繁栄を誇ったアメリカ経済を味方に「神の領域」を侵犯した人類史の汚点という意味の記念碑的存在で、日本上空で炸裂したファットマンやリトルボーイはもちろんここの出身だ。
 つい先日、ここで山火事が発生し、火は研究所の近くまで迫ったと報じられていた。そこには大量の核廃棄物が積み上げられ保管されてるわけで、炎とともにそれらが拡散するという危険があったらしい。同じ頃、ネブラスカ州の原発が洪水に襲われて水没の危機にあったり、逆にあの原発大国フランスでは旱魃で川の水位が低下、原発冷却用水が枯渇する危機にあったというではないか。破壊するエネルギーだけは神の領域に達したけれど、しかしそれが暴走し始めても「水を掛ける」という幼稚な技しか用意されてないのが哀しい。
 我らの闘争の場も連日の猛暑で乾燥ひび割れのメルトダウン状態だ。画像はT山選手とA山選手による放水作業。
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 埼玉のS根さんK清さん母娘がやってきて開口一番「函館、暑いわよ!」。日本の熱帯に居住する方にそう言われて驚いてしまったが、しかしそれだってもう三日も前のことだ。そのご気温はどんどん上昇して、今日などたぶん今年の最高気温、配水場公園の噴水で水浴びでもしたくなる気分だ。外には観光客の姿も無く石畳舗装路に桐の木の緑陰が...
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 ここで使用する画像、基本はその日に撮影したものを使う。よその地にあって函館の今を想像してる人にギャラリー店主が差し上げる些かの情報のつもりなのだ。だから、画像が先にあり文章はあとから加わるわけで、文字のほとんどは画像の説明となる。
 デジカメが便利なのは、すぐに画像確認できる点だ。フィルムを買って、写して、DPE屋さんに預けてといった時代とは比較にならない。そのデジ画像は、カメラ持参近隣散策で仕入れてくるのだが、何枚か撮ってなかから気に入った一枚を選び出す。実はこれが結構楽しい作業で、パソコンに取り込み一枚一枚見比べ、時には想定外の傑作があったり...なかったり。思えばこれはトロール漁船や地引き網みたいなものであり、不遜にもルナールの「博物誌」を思い浮かべたりする。
 前置きというか、言い訳というか...それはそうとして今日の画像は昨日のものだ。今朝ほどカメラからパソコンに移し替えたのだが結構気に入ったシーンがあったのでそれをご紹介することにした。札幌の知人が送ってくれたポストカードにこんな詩があったのでその一部もついでながら...
 
 ...ああそうか
わしはふむふむとうなずいた
わしの「きのう」は「きょう」とおなじだな
わしの「あした」も「きょう」とおなじだろう
なるほどね
わしのまいにちはいつも「きょう」なんだ
         工藤直子「うみがめにっき うみがめまんさく」よりその一部
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