我が家の明かりが石油ランプから電灯へ移行した瞬間を記憶している。思えば長生きしたものだが、店主年齢もまだヒト桁くらいの頃だった。十勝の寒村(当時はどこもそんなもの)の、街はずれに親子6人で暮らしていた。父親が電力会社と交渉し、道路沿いに電柱を数本立てて、電線が張られ、やがて発電所の生産品が流れてくる事になったのである。
陽が沈み十勝平野がまんべんなく夕闇に満たされると家々には灯りがともる。石油ランプのホヤを持ち上げ、マッチを擦って着火するわけだが、石油が燃える匂いとともに部屋には小さな太陽が輝く。時折煤で汚れたホヤ内部を丸めた新聞紙で清掃する必要があるが、それは小さな手の子供達の役割だった。とにかく、ランプの光は食卓を照らしたし、漫画本見るのにだって不自由はなかった。
その瞬間、ランプの灯りは電気の灯りに駆逐された。まるで一瞬にして権力の座を追われたルーマニアのチャウシェスクみたいだ。天井から下がった電線の先の小さな電球が発光し、部屋中を隅から角まで照らしだした。食卓はもちろん、ほっぽり出された漫画本や片隅に脱ぎ捨てられた上着などなど、見たいもの見たくないもの全て平等に分け隔てなく煌々たる灯りにさらされ、一方で石油ランプは輝きを失い、力なく暗く揺れていたものだった。やがてデンキコンロやデンキポット、ハイファイステレオから洗濯機や冷蔵庫、テレビ、パソコン、デジタルカメラと怒濤のごとく家電文化生活が押し寄せる事になる。
店主たしかにその恩恵に浴したし便利さを実感もしている。しかしこうした利便性を人質にして原発存続を迫るなら迷わずランプ生活を選択したい。それより何より、汚染された環境が元に戻るのに100万年もかかるのが原発事故で、それに勝るどんなメリットがあるのかを問いたいものだ。
明るさ便利さなんて相対的なものである。そして、多少の不便など「未来を失う」より遥かに我慢できる範疇じゃないか。長く生きたせいで遠い昔が自信をあたえてくれた気がした。






