2011年9月アーカイブ

 原発事故に関する対応には男女の違いがありそうだ。少なくとも店主の周辺ではそのような傾向が強い。男の場合、政治的社会学的に事故に至ったその背景分析に情熱を注ぎ込むし、一方女性は、そんな背後関係を詮索したところでこの無茶苦茶になった現実には何の役にも立たなく、何よりも放射能まみれになった現状をどうするかが先決でしょう...という現実論が優先してる。男達が様々な情報で原発マフィアの実態を研究してる一方、女性達は高価なガイガーカウンターを購入して汚染状況を徹底的に調べあげたり、インターネットで同志を集めては内部被爆に軽減効果のあるという発酵菌を育てたりしている。きっと生命というものに直に向き合ってきた女性と、社会組織内で悪戦苦闘する男性との違いかもしれない。
 原発はナマズの巣窟みたいな日本列島上に54発も存在してしまった。われら市民は次なるフクシマはどこかと日々恐れおののきながら暮らしてるのも事実で、これを全廃させるためにもその悪魔の構図を分析する必要はある。だが全廃に成功してもその核廃棄物をどうするかという難問もまた控えていて、起こった一つの事故すら手が付けられないでるのに、他の53発の事など考えたくもないというのも正直なところ。思えば何と気の滅入る事であることか。
 そんな近頃だが、心に暖かい灯がともるニュースがあった。太陽光と二酸化炭素と水だけで有機物を作る実験に成功したというのだ。大手自動車会社の研究室でのハナシだが、思えば生命は全てこの光合成に依存してるわけで、この技術が核開発に先行してたらこんな不幸な事態は起こらなかったかもと少々残念..
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 函館の夜景を美しく保つために始めた「ライトアッププロジェクト」だが、夕闇の訪れとともに、建造物たちが光の中に浮かび上がる。旧市街地の魅力をまさにライトアップさせるわけで、なかなか優れたプロジェクトだと思う。始まってもうかれこれ30年になるが、当時函館市の若手だった職員が何人か集まって計画実現させたもの。その若手職員の一人はいまや教育長に出世しているが、5000人からいるという市職員もさまざまなわけで、そんな一人一人のやる気や向上心やらを定点観測するというのも市民のつとめかもしれない。
 本日の画像は二枚だ。昨日の6時と本日の7時、同じ場所からとらえたもので時間差定点観測とでも言おうか...。
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 「風景」は10年あればできるが、「景観」まで育つには100年かかるし、「風土」となるには1000年という歴史が必要...、という説を知人のA美さんが教えてくれた。丘一面を彩るラベンダーやシバザクラ畑を10年風景とすれば、厚沢部メークインや十勝の小豆畑は100年景観、能登の棚田やブルゴーニュの葡萄畑にいたってはじめて1000年風土になるというわけ。
 もちろんこれは都市に関しても言える。我々の愛するここ元町は開港から150年かけて創り上げられた立派な景観で、次なる「風土」めざして進行中の壮大なこころざしでもある。丘や畑と違うのは、都市景観は個の権利の一部を全体の美しさのために提供することから生まれる精神の蓄積と言えるかもしれない。
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 久しぶりの麗らか青空のヨハネ教会庭でミルクテイを頂いた...と書いた。しかしその夕刻、空模様が激変した。にわかに黒雲わきあがり、ハコダテは暗闇にかき消され、来るかなと思ったと同時に土砂降り。そこにバラバラ雹が混じり、雷光伴い凄まじいゴロゴロドッカーンが1発、2発、3発...店主の腕の中にいたエマちゃんも思わず飛び上がっていた。この時代を物語る様な激変をさっそく皆様にと思ったが、案の定、店主macはピクリともしない。Tムラ君にsosと思ったがまあ待てよ、こんな時には電源切って...とかいろいろ試してると奇跡のように復活した。丈夫なmacだこと。
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 やっとというか、久しぶりにというのか青空の広がった函館だ。道行く観光客の表情も晴れやか、そこで店主もデジカメ下げて近隣ウオッチングと相成る。ギャラリーの戸を開けたままなので、すぐ戻るつもりだ。
 お隣りの教会の芝生が斜めから射す秋の日差しを浴びて輝いていた。石段を下がって目の高さから、それも精一杯の望遠で収めていたら牧師さんから声がかかった。撮り終わったらお茶を一杯いかが?というお誘いだ。牧師さん夫婦も麗らかな陽気の下、アウトドアのテイータイムをお楽しみのご様子らしい。店主、開けっ放しのギャラリーを気にしつつも、英国国教会の庭でおいしい英国風ミルクテイーをいただいてきた。
 画像は牧師夫妻が指差し教えてくれた山法師の木の実と、そこに群れていたスズメバチの一種。背景はローマンカトリックの鐘楼。
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 定点観測には几帳面さが欠かせない。使命感や責任感もだ。定期的という物差しがあるからはじめて対象物件の様相真相が解るわけだ。顧みれば、場当たり的観測ばかりしてる店主のは正確な意味で定点観測とは言えないが、そうした店主本人のいい加減な人となり具合を定点観測することは出来る。
 これは本日のいるかビルからの午後5時50分の様子。日暮れがとても早くなり、あらためて驚いてるが、こんな事を毎日やっていたら意外に気がつかないのかもしれない。
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 きっと夜中に降雨があったのだろう、道路わきのくぼみに水たまりができてた。そのせいか今朝はコートからの呼び出し電話もない。そこで函館山山頂まで足を伸ばすことにした。久しぶりに砲台跡を訪ねてみたくなったのである。
 山頂直下に千畳敷へと向かう分岐点があり、そちらに進むと第二駐車場がある。その一番奥には石の地蔵がニ体と公衆トイレと頑丈なゲートなどがあり、そのゲート横をすりぬけると左側すぐが砲台跡へ続く登り小道だ。遠く海峡を望みながら尾根筋のコナラの木々の間を歩くとやがて津軽要塞砲台跡に辿り着く。
 そこはかって多くの兵士や大砲、爆薬、砲弾が存在した場だ。それなのに今はとても静かだ。秋草が伸び、いるのかいないのか、今朝はとにかく鳥も虫も鳴かない。塹壕状石積み壁や緑の芝生のせいか、とつぜん"英国の万里の長城"ハドリアンズ・ウオールを思いだした。ローマの皇帝が築いた古代「遺跡」とは一緒にならぬけれど、とにかくこうした敵と味方が直に向き合い、槍やら砲弾やらを投げ合った場には妙にこころ惹かれるものがある。
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 自然と共生しつつ、持続可能な生活習慣をしていたアイヌたちの生活道具もまた大層魅力的。そうした彼らの文化に大きな共感をよせる山崎さんの五回目の作品展。狩猟用具や装飾品など山崎さんが再現した、アイヌたちに贈るオマージュである。
「山崎義郎・木彫とガラス"アイヌの美"展」
9月16日から20日まで
10:00open/19:00close
水曜定休

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 ギャラリー横で育ってる樹はエゾマツだ。21年前、建物が完成したと同時に三本植えたもので、当時は店主と同じくらいの高さだった。北海道を代表する針葉樹で、堂々とした立ち姿もだが、ピアノやバイオリンの共鳴板に用いられる材は年輪も素直でたいそう美しい。工芸品を紹介するギャラリーには最適な樹種と考えての事。
 画像はギャラリー二階から眺めたそのエゾマツである。日当りのよい南部分に植えたものは発育不良でこじれたまま、ヨハネ教会と接する坂道側のこれは生き生き伸び伸びと育ち、間もなく屋根まで届きそう。今年は次世代の種子を育て始めてる。函館、朝方から雨が降り始め、午後になって風もまた強まってきたようだ。
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 先日11日「バル街」という飲み歩き食べ歩きイベント、その16回目が終わった。様々な媒体が大きなスペースを割いて発信してるので店主が今更説明する必要もないだろう。ご存じない方は「函館 バル街」などで検索されるとよく、膨大な量の体験談や感想文が現れるはずで、そこからそのおおよそ等想像していただきたい。とにかくにバル(bar)というスペイン語を日本に定着させた功績だけでも評価に値する。
 実行委員の店主、この度は映像記録係を仰せつかった。どうやらブログで鍛えた写真術が認められたらしく、それは気合いが入って結局200カット以上のあれこれを記録した。この度は「バルまち会議」という全国から集ったバル仲間の会議があって、そこで使用されたとも聞き及んでるがそのベストショットをここでも紹介する。このイベント参加者の気分がよく現れてると思うのだが、いかがだろう。
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 われわれの早朝テニスは雨が降ればお休みだ。連日連戦で疲労も極みの店主、今朝の雨音には正直救われた思いだ。そしてこんな時には谷地頭市営温泉湯治が定番。朝食すませ、風呂道具と420円握りしめていそいそ出かけてきた。
 風呂上がりにはこれまた定番の立待岬である。信州函館人H田さんもお気に入りだという突端ベンチに座し、断崖の裾を洗う潮騒や、海峡を渡る風に吹かれたりするのだが、柄にも無く、地球の行方や人類の未来に思いが及ぶ。海峡の向こう側に視線を向ければ今日は下北半島がくっきり見えた。そこよりはるかに遠い地から反大間原発の厚い署名簿を送ってくれたO川さんの「日本という国家は国民の安全や安心を考えていません」という言葉を噛み締めて帰ってきた。

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 "ごきげんよう"と海王丸と日本丸の出航を見送ったが、あれからもう一週間以上が経過、この間、店主ブログも更新なかったわけで、何だか帆船の乗組員としてどこか遠くへ出航してしまった気分でもある。使いたい画像はいくつかあるにはあったけれど、でも文章がわき出てこないものでつい間延びしてしまった次第。
 今日の画像はそうしたもののひとつ、ギャラリーから見上げる函館別院黄昏時の大屋根だ。棟瓦にカラスが二羽二羽会わせて四羽、何やら会話してる様なしてない様な...。阿漕な人間達のせいだが、どうやら彼らも迫り来る放射能による環境汚染を心配してるらしい。
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